「ちゃんと目を見て話さない」「ふざけているように見える」
――そんなふうに、吃音のある人は“態度が悪い”と誤解されてしまうことがあります。授業で言葉が詰まったり、うまく話せない場面でも、周囲にはその困難さが正しく伝わらないことも。
25歳の会社員・たっつーさんも、学生時代からその誤解を経験してきました。中学で「吃音」という言葉を知ったときは、自分の抱えてきた悩みに名前がついた衝撃とともに、将来の不安を強く感じたといいます。
そして高校時代、同じ吃音当事者との出会いは、たっつーさんにとって大きな転機でした。「初めて自分の全てを曝け出せる相手だった。はじめて“人間と関わるってこんな素晴らしいことなんだ”って知った」と語ります。
今回は、吃音の自覚から学生時代の出来事を中心に、オンラインでお話を伺いました。
自己紹介
名前や年齢、職業を教えてください。
ニックネームはたっつーです。年齢は25歳です。
職業は建設・不動産関連の会社員です。
趣味や好きなことを教えてください。
趣味はお笑いを見ることや野球観戦、読書です。
おすすめの芸人はブラゴーリです。
吃音歴について

吃音を自覚した年齢は?
保育園の頃です。きっかけは同級生の男の子に「なんで君は繰り返して『たたた』っていうふう喋るの?」と聞かれて。
僕は他の人に、そういうふうな喋り方だって聞かれてると自覚しました。
そのときは”吃音”っていう名前は知らなかったんですけど、喋りがちょっと他の人と違うって思ったきっかけがそれですね。
吃音っていう言葉を知ったのは中学3年生の頃です。
小学校の時はどうしていたのでしょうか?
めっちゃ言葉に詰まりながら喋ってた感じですね。
でもなんでこうなっているのかわからなくて、自分としてはコンプレックスというか。
病気だとも分かってないし、僕のような人が周りにいなかったから、「これ、どういう罰ゲームかな?」みたいな感じで思ってて。
吃音のことを周囲に伝えましたか?
誰にも言ってなかったですね。
友達にも言わないし、親にも言わないし学校の先生にも言わないし。
でもなんとなく思い通りにいかないことっていう、自由には話せないんだなっていうのがずっとあって。
至る所で困ったんですけど、授業の発表とか自己紹介とか日頃の会話とか、詰まって詰まりながら話していたと思います。
親や先生は吃音のことを知っていたのでしょうか?
小3の時の担任の先生が、懇談の時とかに母親に「息子さんは吃音を持ってると思う」って言ったらしいんです。
親は同級生に指摘された当初も「吃音」のことは知っていたらしくて、けど何も言ってなくて。
本人である僕も相談とかしてこなかったし。
親はなんとなく流暢に話せるようになってきてるって感じてたみたいで、治ったと思ってたらしいんですね。
症状を隠すようなことはしていましたか?
隠そうとはもちろんしてたと思います。
でも両親とかの前ですごいどもり方をした記憶が、あんまりないかもしれないですね。
親との会話って言わなきゃいけない言葉とかあんまりなくて、なんでも言い換えられたからかもしれません。
吃音という言葉を知った瞬間

吃音を知ったタイミングは?
それまでもしんどいながらに誤魔化し誤魔化しやってきたんですけど、とうとうって感じで。
中学生の時に携帯を持ってなかったんですけど、家のパソコンで「喋れないのは何か」調べたくなったんですね。
で、調べてすぐに出てきて、知ってしまったって感じで。
それまでなんで調べてなかったのかわからないですけど。
ネット検索をして知った時の気持ちは?
ショックですね。
ずっと正体もわからないまま抱えてきたコンプレックスみたいなものに、名前がついているってわかって、それが病気であり障害でもあるってことが判明して。
それまで名前もわからないまま抱えてきたものの正体が知れたことによって、また違うものを抱えることになったというか。
しっかり病気というか診断名がついてる障害みたいなことを知って、まあすがすがしくもあり。
でも治療法があんまりないってこともその時点で分かったんですよ。その時はすごい絶望でしたね。
治んない、このまま、一生このままだってことが分かってしまって。
将来を悲観もしたし、数週間は暗い気持ちでいっぱいだったし、その時に両親に初めて相談もしました。
“吃音”という言葉を知ってから何か変化はありましたか?
まず母親に、「実はこういう話しにくさっていうのを抱えていて、調べたらこういうのがでてきて…」って相談しました。
中学校にも母親がたずねていって吃音を伝えはしましたけど、配慮とかそういうことを頼んだわけではなくて。
学校の先生も親を通じて知ってるはずなんですけど、それについて触れられたことは卒業まで1回もなかったですね。
音読など話す場面はどうしていたのでしょうか?
中3の秋頃だったんでほぼ卒業まで期間もなかったんですけど、別に授業中とかも変わらず当てられるし、前に立って話すこともあったし、日直もあったし…。
けど高校生になってから音読の配慮とか、親を通じて頼むようになりました。
でも配慮を頼んだからって、楽になるわけではなくきついっちゃきついですよね。
態度の背景にあるもの

中学生の時に周囲にしてほしかったことはありますか?
やっぱり気づいてほしかったですよね。
吃音者っていろんな人いると思うんですけど、僕は話しにくいときに、それを誤魔化す感じにするというか。
悪びれる感じになって、だらしなさとか、ふざけていると思われたりとか。話せないでいることを態度が悪いって見られがちなんですよね。
なぜ「態度が悪い」という誤解につながったのでしょうか?
話せなくてこっちは困ってるんだけど、相手から見ると“ちゃんと目を見て話さない子”みたいに映ったりして。
周りの大人からしたら、態度とか人間性の方に指摘が向くというか。
事象だけ見たらその態度への指摘はあってると思うんですが、そういったいろんな人間性とかにすごい関わってる『吃音』っていうものの存在に誰も気づいてくれなかったんですよね。
僕より何年も余分に生きて経験している周りの大人たちでも、吃音って存在を知らなかっただろうし、知識がなかった。
背景にある吃音に気づく人はいなかったのでしょうか?
そうですね、気づいてほしかったですね。
一人でも寄り添ってくれる大人とかいたら、ありがたかったなって思いますけど。
僕はこれまで当事者さんとも関わってきたタイプなんですが、吃音を持っててすごい優しい性格の人ってたくさんいるじゃないですか。
音読で言えなかったら泣いちゃったり、話せないことがもうしわけないというか恥ずかしいってことを、周りにも伝えるというか。
でも僕はそういうことはできなくて。
なんか(吃音を誤魔化すために)ふざけちゃったり変なこと言っちゃったり。
まあそうなりたいって自分の意思でそうやってるんですけど、意思でそうなっているとはいえ、吃音がなかったらそんなふうにはなってなかったとは思うから。
人間形成に大きく作用している「吃音というものの存在」を知って欲しかったな、とは思いますね。
吃音当事者との出会い

高校の時はどうでしたか?
高校生になると、自分から吃音のことを言うようになるんですよね。
それで仲良くしてる友達とかに、僕もこういうことがあってとか、いわゆるカミングアウトですよね。
カミングアウトのきっかけはありますか?
高校生の時にすごく仲良くなった友達が、全然吃らないんだけど、その子も吃音があるってことを知って。
その子(吃音当事者)との出会いが、僕にとってすごい人生のターニングポイントで、初めて自分の全てを曝け出せるような相手だった。
はじめて「人間と関わるってこんな素晴らしいことなんだ」みたいなことを知ったのが、その子との出会いだったんです。
その子は吃音の症状が治っているのか、あまり出てなかったんですけど、すごい僕の吃音の悩みとかも全てわかってくれました。
部活の後輩で、部活も一緒だからずっと関わるようになって。
どもらないですけど、明るい性格でムードメーカーだったし誰よりも喋るし。
僕の人生を変えてくれた出会いだなと思います。
大学時代

高校卒業後は進学されたのですか?
大学に行きました。バイトでは困ったし、学校でも困りました。
バイトはほぼ塾講師で、生徒と話す時に話せないみたいな感じでしたね。
塾講師のバイトで困ることはありましたか?
好かれるような感じじゃなかったと思うけど、流暢性の面で指摘されることはなかったですね。
集団授業ではなく、1対2~3人の個別タイプなんで、1対多数よりはよかったです。
話してる相手が直接に視野に入って相手の反応とかもすぐわかるじゃないですか。そっちの方がより喋りやすさはありました。
でも喋ってて詰まりながら「文にもなってないようなむちゃくちゃなこと喋りしてる」って思いながら、生徒がすごい困った顔してたりとか、そういうのはよくありましたね。
生徒に何か言われたことはありますか?
吃音って噛むことと間違えられやすいじゃないですか。「噛みすぎ」とか単純に「大丈夫ですか?」とかは言われたことはあります。
喋りにくすぎて(塾講師の)授業中に早退したこともあって、その時はこれ以上は無理ってなりましたね。
大学生活はどうでしたか?
大学受験に失敗して最悪のスタートだったんですけど、なんかいい人たちばっかりで。
学校の授業とかも途中から楽しくなってきて、いい先生にも出会えて研究室にはいって、サークルは入らなかったんですけど、恋愛とかもしたし。
高校で出会った吃音当事者の友達はすごい遠くにいっちゃったけど、電話とかで結構頻繁に近況報告はしていましたね。
大学の時にあったらよかった支援はありますか?
大学って結構大人なんで、支援とか配慮って難しいですね。
相談センターみたいなところには一時期、半年くらい通ってました。
でもそう言うとこ行くと元気いっぱいで喋っちゃうんですよね、それで向こう(センターの人)もなにに困ってたっけ?ってなったりして。
卒業後は大学院へいきました。その後就職して、今社会人一年目です。
職場や仕事内容はどうですか?
大変だけど楽しいです。電話対応はありますし、お客さんと話したりとかも結構あります。
会社の電話対応って周りの人も聞いてるから、全然環境がちがいますよね。
職場では吃音をカミングアウトしていますか?
職場の人も僕の吃音のことを知ってますね。だからどうって感じだと思います。
「君は喋るのが苦手なようだから、真っ先に電話に出ろ」っていわれてて、3コール以内に出るって、慣れましたね。
まあ電話もあるけどなんとかなってます。
吃音はあってもいい

吃音に関するポジティブな考えや経験はありますか?
吃音って腹立つこともあるけど、基本的にあっていいものだと思っています。
高校生の時に出会った吃音当事者の友達も、一緒の属性をもっているから深いところまで話し合えたこともたくさんあったと思うし。
「吃音があったから話す前に一旦考えることができている」という例を見て
僕もこれに共感します。吃音じゃなかったら、とんでもないこと言っちゃうことあると思います、多分。
吃音があるから話す前に一旦点検するじゃないですか、これすらっと言えるかなって。
その点検と同時に、これ言っちゃまずいって気づけるんですよ。
でも吃音がなかったらその前に言っちゃってると思います。
他にも吃音があったから気づいたこと・よかったことはありますか?
なんでも上手く・早く・素早く・能力高くできるのが、良いとされる社会だと思うんですけど。
そうじゃない性質「うまく話せない」を抱えたことで、いろんなマイノリティとか病気とか障害についても考えるようになったというか。
他人事としてじゃなくて、すごい深く考えたり興味を持つようにもなったし、いろんな人がいてこの社会って構成されてるんだって思えたこととかすごいよかったです。
吃音がなかったら、もっと能力主義的な人間になっていたんじゃないかって思いますね。
大学4年の頃の卒業論文では、吃音のカミングアウトのやり方などをテーマに研究・執筆もしました。
吃音ってすばらしい

伝えたいことや今思うことはありますか?
「吃音ってすばらしいものやと思いますけどね。自分は」
今も悩むことはあります。やっぱり自分そのものというか、切っても切り離せないですね。
思うように話せないことに腹立たしさとかはあるけど、最近はどもっても一瞬で忘れます。
中学校とか昔だったら、どもったらすごいブルーで落ち込んだ気持ちになってましたけど。
自分は悪くないというか、話せないのもしょうがないというか。
インタビュー担当:きりん「家のパソコンで喋れないのは何か、調べたくなって…」
中学生で知った吃音、態度が悪いという誤解にもつながってきた存在。
しかし全てを曝け出せる当事者との出会いや、大学生活を経て「すばらしいもの」という考えに至った、たっつーさん。
共感する部分も多く、うなづきながらあっという間のインタビュー時間でした(>_<)










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